作業場に近寄るだけでも夥しい熱気が辺りを覆い数分でもここにはいられない。
もう作業を開始して三日経つ。
しかし、鳳明さんも虎影さんも出てくる気配は無く、いたずらに時が過ぎ去ろうとしていた。
その間俺は何もすることも無く一日中、のんびり過ごすだけであった。
「・・・ふう・・・」
昼になり俺が再度そこに訪れると、
「志貴・・・」
「鳳明さん、終わったのですか?」
「ああ・・・志貴待たせたな」
「虎影・・・!!そ、その姿は!!」
俺は遅れて出て来た虎影さんを見て絶句した。
仮の肉体は所々無残に焼け焦げ、魂魄に関しては肉体越しですらぼんやりと透けて見える。
「気にするな、俺が無理を通しただけの事だ」
「で、ですが・・・」
「それに元々、私は消え去る運命気にする事は無い。さあ、志貴待たせたな。受け取れ・・・これが『凶神』だ」
そう言うと、『闇神』と同じく装飾の何も施されていない一見すると木刀と見間違える一振りの刀を差し出す。
「・・・」
俺が静かに鞘を抜く。
そこには息を呑むほど美しい刃紋をたたえた、太刀がそこにあった。
妖力は何も感じなかったがそれでもこの刀は見るものを惹き付ける何かがあった。
「今の『凶神』には妖力は一滴も入っていない。そこでだ、志貴一旦鞘に納めてくれ」
その言葉に従い『凶神』を鞘に収める。
その瞬間、虎影さんは静かに呪を唱える。
「志貴、今『凶神』に封印を施した。これより十二時間一切抜かれる事は無い。その間、その鞘から『凶神』は妖力を蓄える」
その言葉に試しに引き抜こうとするが確かに『凶神』はびくともしない。
いや、そればかりか、鞘と柄の継ぎ目すら綺麗に消え失せ、一見するとただの木刀にしか見えない。
「十二時間・・・半日ですか」
「そうだ・・・そして封印が解かれた時『凶神』はその姿を・・・真の力を解放させる」
「だが屋敷に帰るだけだからそれ程心配も無いだろう」
「そうですね」
「それと志貴・・・これを」
そう言って虎影さんはもう一つ差し出してきた。
それは『七つ夜』とほぼ同じサイズで『七つ夜』と同じ飛び出し式の短刀。
「これは??」
「余った『魔制石』を使用して創った。名を『古夜(いにしえよ)』。『七つ夜』には若干劣るがそれでもお前の力になる。持っていけ」
『古夜』を受け取る。
「はい・・・ありがとうございます」
俺の言葉に肯いた時、虎影さんが急に跪いた。
「虎影さん!!」
「ふう・・・時が来たか・・・」
何のとは聞けなかった。
もう判りきっていた事だった。
「志貴、その『凶神』は・・・ただの太刀ではない。『凶断』・『凶薙』・『闇神』、そしてお前の『七つ夜』・・・四つの魂を一つに結集した・・・お前だけの太刀だ。お前の望む時に使い振るえ」
「・・・虎影さん・・・判りました・・・本当にありがとうございます・・・」
「志貴・・・そして・・・鳳明・・・さらば・・・だ・・・」
その瞬間魂魄は霞の様に散り散りに散らばり、仮の肉体もその酷使に耐え切れなくなった様に倒れ付し、ボロボロとなる。
「・・・」
「虎影殿・・・安らかなる転生を・・・」
俺は無言で一礼を、鳳明さんはやはり一礼と願いを込めた言葉を持って冥福を祈る。
どれだけそうしていただろうか?
鳳明さんがそっと俺に促す。
「志貴・・・帰ろう」
「はい・・・」
俺達は静かに里を後にした。
後にここにまた来る事などその事など予想もしていなかった。
俺がようやく三咲町に戻ってきたのはもう夜半七時半、里を後にして八時間三十分が経過しようとしていた。
「ふう・・・ようやく着いたな・・・」
(さて屋敷に帰りましょうか?鳳明さん)
(ああ、そうだな・・・)
何故か鳳明さんは言葉を濁す。
(??鳳明さんどうかされましたか?)
(ああ・・・何か空気が違うような気がしてな・・・)
(空気??)
(いや・・・気のせいだろう・・・さあ・・・戻るか・・・)
(はい・・・)
この時に俺は気付くべきだった。
夜の七時にしては人気が異常に少ない事を・・・
そして、人々の眼に虚ろな色があった事を・・・
屋敷に入ろうとした瞬間遠くから鐘がなった。
『シュライン』からだ。
実はシュライン屋上には、大きな鐘が設置されており、三十分毎に時を告げる鐘が打ち鳴らされている。
「時を告げる鐘か・・・そうなると八時だな」
そう言って玄関のドアを開ける。
否、正確には開けようとした時、誰かが俺の腰にしがみ付く。
「?レン?」
「・・・駄目・・・」
「駄目ってどう言う事だい?」
レンが涙眼でしきりに俺が屋敷に入るのを止めようとする。
レンが悪戯でこんな事をするとは思えず視線をあわせて聞いてみた。
「皆・・・おかしくなってる・・・」
「おかしい??それは・・・」
次の瞬間上空に殺気を感じた俺は躊躇う事無くその場を離脱した。
純白の何かが着地すると同時にその地点にクレーターが出来上がる。
「なっ!!」
「あら?志貴かわしちゃったんだ・・・」
中心点からゆらりと立ち上がるのは紛れも無い・・・
「アルクェイド・・・」
「志貴お帰りなさい」
そう言ってにっこりと笑うアルクェイドだったが、この瞳の虚ろな色は一体・・・
「おい、馬鹿女、これは何の冗談だ?今の一撃食らったら只じゃすまなかったぞ」
「まだ判らないの志貴?」
そう言ってくすくす笑う。
「なんだと?」
その笑みにどうしようも無い悪寒を覚える。
「私ね・・・判ったの・・・」
「何を・・・」
「今までも妹やシエル達みんなと暮らすのは楽しかったわ。でもね・・・それよりも私は志貴が欲しい。志貴の血を啜って志貴を私の死徒にしたい。だけど・・・死徒にしても志貴はいずれ死んじゃう・・・だけど私は志貴が欲しい・・・永久に志貴を私のものにしたい・・・その為にどうすれば良いか・・・私判っちゃったの・・・」
そう言って純粋で無垢で・・・そして残忍な笑みを浮かべる。
「それはね・・・志貴を肉の一片、血の一滴まで吸い尽くす事なの・・・そうすれば志貴はずっと私の中にいられるでしょう!!」
その言葉と同時に突っ込んで来るアルクェイドだったが、次の瞬間無数の黒鍵がアルクェイド目掛けて降り注ぐ。
「まったく駄目じゃないですか、このアーパー吸血鬼は・・・」
そう言いながら姿を現すのはカソックの衣装に身を包んだ先輩。
しかし、その眼はやはりどこか虚ろ、そして
「七夜君の全てを独占するのは他ならない私です。薄汚い吸血鬼はそこで指を咥えて見ていなさい・・・さて、七夜君」
「先輩・・・どうしたんですか・・・」
「どうしたもこうしたもありません。全ては七夜君がいけないんですよ・・・私の気持ちも知らずにあっちこっちで女性を引っ掛けて・・・そんな七夜君には特別きついお仕置きです・・・」
そう言いながら手にするのは『第七聖典』。
「先輩!!どうしたんですか一体!!」
「これで七夜君の輪廻を止めます。そしてその後で七夜君の全部を私の一部とするんですよ!!」
「あら、さも浅ましい本性を露にいたしましたわね、先輩」
薄い冷笑を浮かべて現れたのは秋葉、それも髪を紅くしている。
「あ、秋葉・・・」
「兄さん、安心して下さい。私なら兄さんに痛み一つ与える事無く兄さんを私の一部と出来ます。そして私と兄さんは永遠に一つとなる・・・」
静かな狂気すら浮かんだ眼光で俺を捕らえようとするがぎりぎりでその視界から逃れる。
秋葉のあれは間違いなく本気だ。
あいつの視界に入れば最後、俺は本当に秋葉に全てを略奪される。
「兄さん・・・逃がしませんよ!!」
その瞬間『檻髪』が発動、俺は一瞬で包囲される。
しかし、それは外部からの攻撃で吹き飛ばされる。
「秋葉さん、いけませんよ・・・そんな人外の力を使用しては・・・私が異端として処分しないといけないじゃないですか・・・」
「あら・・・先輩に私が処分できるんですか?いつも卑怯な不意打ちだけを馬鹿の一つ覚えのように使う事の出来ない先輩が」
「ふふ・・・では試してみましょうか?七夜君を独占するのはどちらが一番相応しいか・・・最も敗者は退場してもらいますが」
「あら、だったらシエルも妹も退場ね」
その言葉と共に黒鍵を全て吹き飛ばしアルクエィドが姿を現す。
「私は志貴さえ独占できれば文句は無いの・・・邪魔な二人は消えて・・・」
その瞬間アルクェイドが突っ込もうとした瞬間俺が間に入り『凶神』の鞘で腹部を突く。
「ぐっ!!」
超スピードで突っ込んできた為避ける事も出来ずにその場に倒れ込むアルクェイドを尻目に矢継ぎ早に先輩と秋葉の鳩尾も突く。
「ううっ!!」
「ああっ!!」
その場に昏倒する三人・・・
「はあ・・・はあ・・・一体・・・これは・・・」
「志貴、一旦ここを離れよう。何か嫌な予感がする」
「は、はい・・・取り敢えず公園に行きましょう。レン行くよ」
「・・・(こくん)」
若干涙眼となったレンをつれて俺は屋敷を一旦後にした。
それから二十分後・・・
「あいたぁ〜志貴ったら酷いな〜思いっきり突くんだもの〜」
「まったくです。おまけに淫魔を連れてここを離れたようですね」
「まったく兄さんには困ったものですこれはじっくりと略奪しないと」
くすくす笑いながらアルクェイド達三人は起き上がる。
その眼には未だ理性の色は伺えない。
解説
古夜・・・
七夜虎影が『七つ夜』を失った志貴の為に用意した新しい武器。
柄は今までの『七つ夜』の柄を使用しているが、刃の部分は『魔制石』と鉄や鋼を混ぜて鍛え上げられた品。
その為、『七つ夜』と比べると切れ味、強度こそ劣るものの、通常の刃物に比べれば充分切れ味は鋭く、強度も高い。
更に志貴自身『直死の魔眼』と言う反則がある為と握りは今までの『七つ夜』と同じなので、それ程違和感は無い様だ。